毎朝、公園でトレーニングを続けている75歳の”怪物老人”。
特に待ち合わせをしているわけではないけれど、鉄棒で懸垂をしていると、気づけばいつものように顔を合わせる。
少し立ち話をするのが最近の朝の日課になっている。
今日は、その老人から今までで一番重い話を聞いた。
恩人とも言える友人の話
その老人には、恩人とも言える友人がいたそうだ。
その人も老人と同じように、とても活動的で、体を動かすことが好きな人だったという。
しかし、ある大雪の日に人生が一変する。
自宅で雪かきをしていたところ、車にはねられ、そのまま轢き逃げされた。
犯人は結局見つからなかった。
大雪で監視カメラには雪が付着し、映像は役に立たなかった。現場に残ったタイヤの跡も、その後の降雪で埋もれてしまい、捜査は難航したそうだ。
事故によって友人は半身不随となり、車椅子での生活を余儀なくされた。
家族に迷惑をかけたくない
しばらくは家族や友人の支えを受けながら生活していたそうだ。
しかし、ある朝。
家族に宛てた置き手紙を残し、自ら命を絶ってしまったという。
「家族に迷惑をかけたくない。」
そんな思いがあったそうだ。
老人は、いつものように朝のトレーニングをしている途中で連絡を受け、急いで戻ったという。
「あの時、もっと話を聞いていれば。」
「もっと様子を見ていれば。」
「何か気づけたんじゃないか。」
その後悔は今でも消えていないそうだ。
当時はショックが大きく、毎日欠かさなかったトレーニングも約2週間できず、仕事も手につかなかったという。
強い人ほど弱音を吐けない
老人が話してくれた友人は、とても我慢強く、周囲への気遣いができる人だったそうだ。
だからこそ、自分の苦しみを誰にも見せなかった。
家族も、奥さんも、友人も気づけなかった。
強い人ほど弱音を吐かない。
優しい人ほど、人に迷惑をかけたくないと思ってしまう。
そんなことを考えさせられた。
死んでしまったら終わり
話を聞きながら、自分自身も以前「死」について考えた時期があったことを思い出した。
もちろん、人それぞれ抱える苦しみは違う。
簡単に「頑張れ」と言える話ではない。
それでも一つだけ確かだと思ったことがある。
亡くなった本人は苦しみから解放されたと感じるのかもしれない。
でも、残された家族や友人は、その後もずっと悲しみを抱えて生きていく。
その悲しみは簡単には消えない。
自分が学んだこと
今回の話から、自分なりにいくつかの教訓を得た。
- 家族や友人とは、普段からよく話をすること。
- 「大丈夫」の一言を鵜呑みにせず、小さな変化にも目を向けること。
- 事故や病気で思うように体が動かなくなっても、今あるものの中で人生を楽しむ方法を探すこと。
- いつ何が起こるかわからないからこそ、「いつか」ではなく「今」を大切に生きること。
- 後悔するくらいなら、今できることを先延ばしにしないこと。
朝活は人生を教えてくれる
朝活を始めてまだ日は浅い。
それでも、この公園で出会った75歳の老人から教わったことは、本やネットでは得られないものばかりだ。
体を鍛えるために始めた朝活だったけれど、気づけば人生そのものを学ぶ時間になっている。
今日は少し重い話だった。
でも、だからこそ改めて思う。
明日が当たり前に来る保証なんてない。
だから今日という一日を大切に生きよう。
そう思わせてくれる朝だった。

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